++スペイン・ウィーン美術旅行記 2001

「もし1日しかスペインにいられないのだったら、まよわずトレドに行きなさい。」というスペインの碩学者マヌエル・B・コシオの言葉がありますが、よい所だったけど、そこまでの良さは日帰りではわからなかった。確かに個性のある街。迷路のような市街は面白いし、興味深い。また来る時は、ここに1泊でもいいから滞在してその良さを味わってみたい。トレドへは初めてのバスでの旅!しかしマドリッドの南バスターミナルって遠い・・・。そして地図みてもトレドの街は迷ってしまいそうなくらい複雑だった。でもトレドに来て初めて古き良きスペインを感じれた気がした。

ここへの目的は、もちろんエル・グレコ/El Greco。彼の傑作「オルガス伯の埋葬/Entierro del Conde Orgaz」とホセ・デ・リベラ/Jusepe de Riberaの「髭のある女」を見ること。そして、トレド名物マサパンを食すこと。

 ・・サント・トメ教会/Iglesia de Santo Tome

エル・グレコの最高傑作(と私は言わせてもらおう!)「オルガス伯の埋葬」がある教会。回教寺院だったのが教会に改造された、典型的なムデハル様式の教会。14世紀には完全に崩壊状態だったのを、オルガス村の領主が自腹を切って修復したという伝説をもつ。この篤信に銘じて、オルガス伯が没したその埋葬の時に起こったと言われる奇跡の伝説をもとにエル・グレコによって描かれたのがこの作品。教会内にはこの作品しかない。(確かお金を入れると数分だけライトがついて見れたと思う)私は一日中この作品を眺めて過ごしてもよいと思うくらい、すばらしいと思う。

* 通りにタイルで飾ってあった「オルガス伯の埋葬」

 ・・タベラ病院/Hospital de Tavera

ここはタベラ病院と名がついているものの、現在は博物館となっており、タピストリーやアンティーク家具や書籍類のコレクションが見られる。しかしここでいちばん見てほしいのはホセ・デ・リベラの「髭のある女」。この女性マグダレーナ・ベントゥーラという実在した人らしく、描かれた時の年令は52歳。37歳で髭が生え出してからも子供を3人産んでいるらしい。見せ物としか思えない作品だけれど、敬虔な宗教画家だったリベラがなぜこの作品を描いたのかというところが気になる。(徳島県の大塚美術館にレプリカがあるので、トレドまで見に行けない人は行って下さい。でも本物は、展示の仕方もすごいですよ。)

ここの美術館を案内してくれたおっちゃん(おじいちゃん?)がめっちゃかわいかった。ひと部屋ひと部屋、案内するたびに電気をつけ、我々がその部屋を見終わると消していく。そして新しい部屋へ案内するたびに「どうや〜!すごいやろ〜!」というような「わしのモンやで〜」と言わんばかりの笑みを浮かべる。そしてすごく親切。博物館とは別に変な部屋があった。声がすごく響く部屋。雰囲気は死体安置室??ここもぜひ行って下さい。

 ・・エル・グレコの家/Casa y Museo de El Greco

ここには、グレコの傑作のひとつ「トレドの景観と地図」がある。ビサグラ門を正面に北側から展望した画面構成になっている。その絵の中にあるトレドの地図は非常に正確らしい。そして通り名などもほぼ今の地図とかわってないらしい。地図の上にある建物は、タベラ病院の模型のようです。行った時はそんな正確とは知らなかったので、もう一度確認のためにもゆっくり見に行きたい。

*世界遺産、古都トレドの景観

トレドと日本

日本史で習った「天正少年使節団」。1582年、ヴァリニャーノ神父に率いられて4名の少年、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンが西洋へ渡った。彼等はスペインにも滞在しており、トレドにも行っていた。彼等は枢機卿の晩餐会などにも出席しており、当時町の名士だったエル・グレコも当然出席していただろうから、記録にはないが、会っていたかもしれない。行ってはないので見ていないが、トレドのカテドラルには彼等の足跡が資料として残っているらしい。また1614年、支倉常長の一行もスペインにいっており、トレドには滞在していないが、1615年、マドリッドの教会で洗礼を受け、ドン・フィリポ・ファシクラの名をもらい、この時の代父がエル・グレコに「トレドの景観と地図」を注文したタベラ病院の所有者レルマ伯爵らしい。日本史では習わない思わぬつながりに驚き。この後、鎖国がなかったらもっとスペイン文化が日本に入ってきていたかもね。

 

Toledo